綾小路“セロニアス”翔のオールナイトニッポン

綾小路“セロニアス”翔のオールナイトニッポンについて

綾小路“セロニアス”翔オールナイトニッポンについて



氣志團の團長・綾小路翔は、2001年8月22日、『オールナイトニッポンSP』で、初のレディオ出演を果たしました。『オールナイトニッポンSP』は、水曜日の深夜3時〜4時半の1時間半、毎週日替わりで、売り出し中の新人アーティストなどがパーソナリティをつとめる枠でした。

同年7月の氣志團のGIGにおける綾小路のMCを聞いて、番組ディレクターがスカウトしたといいます。この夜の放送では、「OneNight Carnival」「雷電」などのナンバーがかけられた他、星屑輝矢が“高田馬場文夫”の名で助っ人に駆けつけ、綾小路と二人でのトークが中心となりました。

途中、氣志團メンバーにアポ無しで電話をかけるという企画もあり、リスナーからの反響も、例を見ない大きさになりました。その結果、同年10月から『綾小路翔のオールナイトニッポンr』が、レギュラー番組として放送されることが決定しました。

ここでも“高田馬場文夫”が登場し、独自の綾小路ワールドが繰り広げられました。1年間の『オールナイトニッポンr』を経て、更に全国ネットで金曜深夜1時から放送される『オールナイトニッポンcom』、その1年後には遂に深夜のゴールデン枠とも言える『オールナイトニッポン』のパーソナリティをつとめるまでになりました。

『r』時代から、ゲストには山下久美子、吉川晃司、GLAYのTAKURO、Gackt、西川貴教ら豪華な顔ぶれが並び、珍しいところでは、氣志團の地元、木更津の市長(当時)・水越勇雄氏が出演したこともありました。

番組中では、「木更津グローバルコミュニケーション」「だまってジャガーについて来い!」「キャッチフレーズイメージダウン」「ちょっとAPなお前コンテスト」等々、リスナーの間で伝説となったさまざまなコーナーが設けられ、大きな反響を呼びました。

2001〜2003年と、ちょうど氣志團がメイジャーシーンへ進出する時期でもあったため、氣志團の存在を世に知らしめるためにも、大きな効果がありました。